Rhodesian diary (マークのポンコツ写真館)

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ハスの華♪


本日8月17日はインドネシアの独立記念日ですが、日本はオランダ軍に勝利するものの、
その約4年後に日本は戦争に負け、再びインドネシアを植民地化しようと戻ってきた、
オランダ軍と、インドネシアは4年半の独立戦争を戦い、オランダ、イギリス、オーストラリアの連合軍の、
無差別爆撃や虐殺により、80万人以上のインドネシア人が命を落としました。

その独立戦争には、戦争が終わったにも関わらず、日本に帰国することなく、
2000名以上の日本軍将兵が、インドネシア独立のために参戦し、その半数が戦死されています。
またインドネシア独立の際には、オランダはインドネシア側に60億ドルを請求、それを日本が肩代わりしました。

(オランダの行為は理不尽のようではありますが、植民地を手放す際には、補償金を要求するのが一般的です。)

そのインドネシアは、1605年からずっとオランダの植民地で、実に3世紀半にわたって、
わずか0.5%のオランダ人が、インドネシアの全生産額の70%の富を収奪するという状況で、
オランダは独立を阻止するため、愚民化政策を採り、インドネシア人の数%にしか教育を実施しませんでした。

そして鎖国状態の江戸時代から、日本は出島の貿易で、オランダと長い間友好関係にありました。
しかし1941年オランダが日本に対し宣戦布告をすると、日本もオランダ領に侵攻を開始、オランダに勝利すると、
オランダに監禁されていた、独立運動家のスカルノ氏やハッタ氏を開放し、国民学校を建設していきました。

インドネシア ブン・トモ首相
「あの戦争は我々の戦争であり、我々がやらなければならなかった。
それなのに全て日本に背負わせ、日本を壊滅寸前まで追い込んでしまった。申し訳ない。
我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが全部失敗した。
インドネシアの場合は350年間も失敗が続いた。
それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の目の前で、徹底的に打ちのめしてくれた。
我々は白人の弱体と醜態ぶりを見て、アジア人全部が自信を持ち独立は近いと知った。
一度もった自信は決して崩壊しない。」

インドネシア   アラムシャ大統領大使
「(平成5年、福田首相/塩川自治大臣が「戦争でご迷惑おかけしました。」と謝罪すると)
とんでもない。むしろ大東亜戦争を途中でやめたことが残念であったと思ってる。
あと5年はやるべきであった。これは私だけの意見ではない。アフリカや中東に行けばみんなから聞く意見だ。」


インドネシア陸軍中将 アラムシャ
「日本の戦争目的は植民地主義の打倒であった。
そんな時に行った、「村山談話」は、植民地主義打倒の悲願を放棄したことになる。
村山首相は日本の果たしてきた歴史を踏まえ、アジア・アフリカの悲願を代表して、
まだ残る植民地主義を攻撃すべきであった。かつての日本はスカルノ、ハッタ、
バー・モウ、ラウレル・アキノ、汪兆銘、チャンドラ・ ボース等を応援したのに、
たった一度の敗戦で大切な目的を忘れてしまったのは遺憾である。」


インドネシアの歴史教科書 
「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。
第1に、オランダ語と英語が禁止され、インドネシア語が成長し使用が広まった。
日本軍政の3年半に培われたインドネシア語は驚異的発展をとげた。

第2に、日本は青年達に軍事教練を課して、きびしい規律を教え込み、勇敢に戦うことを訓練した。
第3に、職場からオランダ人がすべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、
われわれに高い能力や大きい責任を要求する、重要な仕事をまかせた」


インドネシア モハメッド首相
「大東亜戦争が起きるまでアジアは長い植民地体制下に苦悶していました。
そのためアジアは衰えるばかりでした。アジアは愚かになるばかりでした。
だからアジアの希望は植民地体制の粉砕でした。
大東亜戦争、私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。日本軍は有言実行でした。」

インドネシア サンバス復員軍人省長官
「特にインドネシアが感謝することは、戦争が終わってから日本軍人が帰国せず、
インドネシア国軍とともにオランダと戦い、独立に貢献してくれたことである。
日本の戦死者は国軍墓地に祀り、功績を讃えて殊勲章を贈っているが、それだけですむものではない。」


オランダ サンティン現内務大臣
「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。
日本は敗戦したが、その東亜(アジア)の解放は実現した。
即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。
その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。
日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。
自分をさげすむことを止め、その誇りを取り戻すべきであります。」


インドネシア独立の父 M・ハッタ
「日本の戦いは8月15日に終わった。我々の戦いは8月17日に始まった。
オランダは独立の腹いせに、多額の債務をインドネシアに要求した。
これを、戦時賠償の形で肩代わりしたのが日本であった。」


先の大戦で日本が迷惑をかけたのは事実でしょう。それなのに、こんなことを言えば右傾化している!と、
叱られてしまうのでしょうが、歴史を振り返るときに、日本の加害の面だけでなく、
祖父たちが命を懸けて手に入れた、功績の面もあるのではないか? と考察することは許されないのでしょうか。

そして日本が敗けた後、インドシナ(現ベトナム)を再び植民地化しようと戻ってきたフランス軍と、
ベトナムは独立をかけ、約75万名の命を落しながらフランス軍と戦い、独立を果たしましたが、
この独立戦争にも、600名以上の日本兵がベトナム人と共に戦い、日本への帰国を選びませんでした。
そのベトナムは、インドネシアと同様、国民の9割以上が日本を好き。と答えてくれる親日国家だそうです。

ちなみに日本とオランダ両国も、貿易額はEUで一番、皇室の交流も盛んになり、自衛隊がイラクに派遣されると、
オランダ軍が治安維持に協力をしてくれ、両軍は仲よく協力して任務にあたったそうです(^_^)



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コメント

これがあるから。。。

こんにちは。
私の従弟が良く云うのですが、これがあるから日本人はいつまでも敵視される,許してもらえないのだと。アジア人が欧米を叩いたのは日本が初めてなのですよね、ジンギスカーンを除けば。
そんな事もあって、この歴史の側面を表立って話す事を嫌がるのかもしれませんね。

yokoblueplanet #- | URL
2013/08/18 17:32 | edit

No title

yokoblueplanetさんへ

なるほど、確かにそういう側面もあるのかも知れませんね^^;
戦争を肯定するという意味ではなく、現実にあったこととして、
数百年もの間、植民地政策によって、欧米のみが富を欲しいままにし、
栄えてきた歴史を、日本が欧米に反旗を翻したことで、その歴史が終焉した訳ですからねぇ。
そしてアジアの日本だけを悪者にして目立たせておけば、欧州の侵略戦争に目を向ける人はいなくなりますし^^;

日本にも戦争犯罪はありましたが、植民地政策により、欧州でとても裕福であったオランダは、
日本に敗れ、植民地を失い、経済がガタガタになりその地位を失墜しました。
その結果、日本が敗れた後の、オランダによる日本軍兵士対する捕虜虐待は熾烈を極めしたしね。

詰問中の拷問で虐待死するもの、食事を与えられず、餓死や病死する日本軍兵士が後を絶たたず、
歯を釘で抜く、殴打して動けなくして、蚊のいる部屋に10日ほおっておく、糞便を貯めた穴に、首までつけておく、etc、

そのような虐待行為が減少する要因になったのが、無実の罪で処刑された前田利貴陸軍大尉だそうです。
彼はインドネシアの村民の度重なる助命嘆願に関わらず、穴井秀夫兵長と共に銃殺されてしまいましたが、
幾度となく殴られ顔を腫らしながらも、常に立派な態度を撮り続けた姿を見て、オランダ兵に変化が表れたそうです。

こういう側面を話すと、今度は「日本が被害者ぶっている!」と、怒られてしまうので程々にしておきます^^;

マーク #- | URL
2013/08/18 21:05 | edit

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# | 
2013/08/18 23:30 | edit

No title

マークさん、これって見方が八重の桜に類似してますね。
歴史上では薩長が明治維新の立役者のように伝えてますが、八重の桜では
敗戦した会津にフォーカスし、その立場で幕末から明治初期までを描く裏の物語です。
勝者の目と敗者の目、それぞれ違った立場での歴史問題。
冷静に第三者的な目で、事実をベースに分析していってほしいものです。

MIUMIU 美雨 #- | URL
2013/08/20 01:03 | edit

No title

ここでは、私のよく知らない側面を紹介してもらいます。正直、考えが及ばないことが多いですが、ここで意見公開をしていただきありがとうございます。

コスモスの夢 #HIyWDb8I | URL
2013/08/20 09:32 | edit

No title

マレーシアの元外相ガザリー・シャフェーさんのインタビュー。

質問者
マレーシアの毅然たる外交姿勢に比較して、
対米追従と批判されがちの日本外交の弱点はどこにあるのでしょうか?

ガザリーさん
日本では敗戦国心理を子供のときから教えられているためか、
日本は未だに敗戦国心理から復帰できていない。それを一番感じます。
私たちアジアの者が不思議に思うことは、日本の首相が靖国神社に参拝しないことです。
日本は負け犬根性が染み付いているのではないでしょうか。



中韓の批判が恐ろしくて日本のメディアが絶対に流さない報道ですね。^^;

かっぱこ #- | URL
2013/08/20 18:23 | edit

No title

鍵コメfさんへ

大臣の発言ですが、例えばオランダの大臣の証言なんかは本当はもっと長いんです^^;
こちらのユーチューブの動画が、とても見易いと思いますので、どうぞです(^^)

http://www.youtube.com/watch?v=Dx-BBg0AgP4

お勧めのサイトや本ということですが、これは改めて、
fさんのブログの方にコメントさせて頂きますね^^
長いブログ記事をわざわざ読んで頂き、嬉しかったです(^^)
どうもありがとうございましたm(_ _)m

マーク #- | URL
2013/08/20 20:16 | edit

No title

MIUMIU 美雨さんへ

確かに、明治政府は会津側を反逆者とするかも知れませんが、
会津の地元の人にとっては、先祖に対して、
そういう見方はしないんじゃないでしょうか?

金日成親子は北朝鮮から見れば国の英雄、韓国から見れば主敵。

毛沢東は中国から見れば初代国家主席の英雄、海外から見れば、
大躍進政策と文化大革命で中国人民を数千万人を殺害粛清した独裁者。

天皇陛下に爆弾を投げて暗殺未遂を起こした李奉昌は、
韓国では教科書に載る英雄、日本政府から見ると治安を乱した犯罪者。

立場によって歴史の見方が変わることは、自然なことかも知れませんね^^

マーク #- | URL
2013/08/20 20:20 | edit

No title

コスモスの夢さんへ

こういう歴史のお話を書くと、日本では軍国主義者とレッテルを貼られてしまいがちなので、
正直な所、毎回記事を書いてはボツにして、様々な葛藤に悩まされています。
それなので、コスモスの夢さんから頂いたコメント、とても有難い気持ちです。

今回の記事を公開して良かったと思えましたし、
こちらこそ、僕の記事を読んだ頂き感謝申し上げますm(_ _)m ^^

マーク #- | URL
2013/08/20 20:26 | edit

No title

かっぱこさんへ

そのインタビューは初めて知りました。ご紹介して頂きどうもありがとうございます^^

そういえばバルト三国かどこかの記者が、ロシアのプーチン首相にインタビューした時に、
「ロシアに毎年謝らせる気か? ロシアが謝るのは一度だけだ! 」と激怒させてたニュースがありましたね^^;

少なくても海外では何かの節目で、自国の戦争の反省を口にすることはあったとしても、
まぁ、それもかなり珍しいことですが、日本人のように年がら年中、謝罪と反省をしていないと気が済まない、
とういうのは、中国と韓国以外の、例えばインドネシアのような国の高官から見ると、
不甲斐ない国に見えてしまう面があるのはあるかも知れませんね^^;

マーク #- | URL
2013/08/20 20:34 | edit

ご無沙汰しております

右足を骨折してただ今入院中です。
今日は外泊許可を貰って一時帰宅です。^^;
情けないことですねー。(涙)

誰もが当時のことに思いを馳せてくれたら、もっと教育に当時の
話を取り入れてくれたなら日本人は自信を持てたと思います。
日本人としてのアイデンティティを失うことはなかったでしょう。
今からでも遅くないと思います。
マークさんのような人がたくさん増えることを願います。
いいお話をありがとうございます。

orenge #iAn.OV3g | URL
2013/08/24 22:33 | edit

No title

orengeさんへ

大変な目に遭ってしまっていたんですね(> <)
でも一時的にしろ、退院おめでとうございますm(_ _)m

>日本人としてのアイデンティティを失うことはなかったでしょう。

敗戦のショックと、敗戦後のアメリカがマスコミと教育界を使って行った、
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの影響は、
日本人のアイデンティティに多大な影響を与えたかも知れませんね。

でも70年近く経って、近年その呪縛から少しづつ日本人も開放されつつあるようにも感じます。
もっとも教育現場は日教組の独断場ですから、教育面での変化は期待できないかもですが、
現在は新聞TV以外にも、情報源がある時代なので、今後の変化も期待できるんじゃないでしょうか? ^^

では、お大事にして下さい(^^)

マーク #- | URL
2013/08/24 23:33 | edit

No title

今晩は!
マークさんの記事には、いつも考えさせられる点、視点に満ちていると思います。
利害が複雑に絡んで、しかも考え方や、価値、基準、全てが異なる国々と平和裏に付き合うには
日本人の考える「正義」が「正義でないことが往々にしてあります。
いろいろな価値観の中で、何を大切にしていくか‥
違う価値観のあることを充分にわきまえた上で自分の信念を説き、貫く努力を示すことかと…
そこをきちっとなされた方々は、たとえ敵とされても、いずれは評価されていると‥
マークさんの記事は言っているように思いました。
それをもってして、軍国主義だとは思いません。
すぐに単純な色分けをすることの方が返って‥
ある意味、軍国主義かもしれませんね。
きちんと意見を表明なさって‥カッコいいですよ(^.^)

LM #24owF9ck | URL
2013/08/26 23:29 | edit

No title

LMさんへ

>違う価値観のあることを充分にわきまえた上で自分の信念を説き、貫く努力を示すことかと…
>そこをきちっとなされた方々は、たとえ敵とされても、いずれは評価されていると‥

仰る通り、実は中韓に激しい批判を浴びつつも、毎年靖国神社に参拝した、
小泉首相などは、中国人の中では高く評価する方も多いんだそうです(笑)

「中国人は小泉純一郎が意外とお好き」
http://blogos.com/article/45338/

「実は中国に屈しなかった小泉首相を尊敬している?
国交正常化から40年、中国“80后”の驚くべき日本観」
http://diamond.jp/articles/-/18422

中国は国も個人もたいへん自己主張が強く、めちゃくちゃな要求もお構いなしですが、
それを日本人は、「ここは一つ、こちらが妥協すれば、相手も退いてくれるだろう」
と考えがちで、それが日本の外交スタンスで、マスコミも、「相手にゆずる」外交を行うよう主張します。

でも、実際には譲歩すればするほど、舐められてしまうんですよね^^;
逆に小泉首相のように、日本が毅然と日本の立場を押し通すと、 
もちろん関係は一時悪化することもありますが、それで中国側の主張が通らなく失望したり怒っても、
上記のリンク先のように、中国人は交渉相手を、「強い人間だ」と敬意をもって見るようになるのです。
そして中国人は強い人間に信頼を置いてきます。

自分の主張を押し通すことは、自己中心的と考えてしまう日本の国民性と、
中国の方の国民性は全く逆な訳ですから、その国の価値観に合わせた、
そういう外交センスが今の日本には必要ではないかと思います^^;


僕の記事は中国や韓国、日本の一部の人から見れば「軍国主義だ!」と言われてしまうと思いますよ^^;

ただ中国の場合は報道も教育も共産党の支配下ですから、共産党がその方針を変え、
反日の看板を下ろせば、そういう批判は徐々に少なくなると思います^^;
事実、天安門事件後、人民の不満を中国政府に向かわぬよう、国民の不満を日本に向けるよう、
大々的に反日教育を行うまでは、日本を軍国主義よばわりすることはなかったですから^^;
そういう意味では、報道の自由もあり選挙も可能な韓国で、親日法で財産を没収可能で、
現パク韓国大統領が歴代2位の支持率の原因が、日本に対し強硬で反日的だから。
という韓国との関係は、中国よりもある意味難しいのかも? なんて感じちゃいました^^;

マーク #- | URL
2013/08/27 22:26 | edit

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# | 
2013/09/02 23:54 | edit

No title

鍵コメNさんへ


ご丁寧にどうもありがとうございます♪
こちらこそ、また宜しくお願い致します^^
またブログにお邪魔させて頂きます(^_^)

マーク #- | URL
2013/09/04 21:03 | edit

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